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    <title>NED-WLT:ちょっぴり経営学</title>
    <category domain="http://nedwlt.exblog.jp/i4/">ちょっぴり経営学</category>
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    <description>オランダから帰国し、日本での生活がはじまりました。twitter: joesakai</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <dc:creator>NED-WLT</dc:creator>
    <dc:rights>2015</dc:rights>
    <pubDate>Thu, 02 Apr 2015 14:47:44 +0900</pubDate>
    <dc:date>2015-04-02T14:47:44+09:00</dc:date>
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      <title>NED-WLT</title>
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    <item>
      <title>当事者意識について</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/23821707/</link>
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      <description><![CDATA[久しぶりのブログ更新です。今年の４月から社会人になる方々にご挨拶する機会がありました。そのときに述べた話の一部を、少し詳しく説明しておこうと思います。<br />
<br />
●ビジネス階層論<br />
<br />
簡単に言えば、全てのビジネスは（１）課題の選択（２）課題解決の戦略策定（３）戦略の実運用、という３階層で表現することが可能だと思います。まあ、他の意見もたくさんあるので、ここは軽めに流してください。<br />
<br />
この中で、多くの新社会人は（３）の実運用の仕事からキャリアを始めることになるでしょう。稼働率や獲得率など、いわゆるKPIと呼ばれる指標をモニタリングしつつ、その改善に努めるような、ビジネスの根幹を支える仕事です。<br />
<br />
この、実運用の仕事経験が少ないままに、上位の戦略策定をやろうとするのは、あまりオススメできません。実運用のイメージを持たない人が戦略策定をやると、実行可能性（動かす人々の心情）に配慮した戦略を描くことができないからです。<br />
<br />
いわゆる「絵に描いたモチ」というやつですね。最近、常見さんが『下積みは、あなたを裏切らない!』という本を出されていましたが、僕も下積みは大事だと思います。将来、実運用部隊をマネジメントする立場になったとき、この経験がないと、部下となってくれる方々の心情に配慮することもできません。<br />
<br />
●当事者意識とはなにか<br />
<br />
当事者意識を簡単に表現してしまえば、先の（１）→（２）→（３）という、課題から運用までの「一気通貫性」を正しく理解し、KPIという指標の達成は「目的」ではなくて「手段」であるということを知ることだと思います。<br />
<br />
日常的には（３）の実運用だけで精一杯です。ただ、そのまま、40年という月日を過ごすひとと、どこかで（２）や（１）の世界に上がっていく人の違いは、この「一気通貫性」を知り（１）の課題を「自分のもの」として、それに食らいついているかどうかだと考えています。<br />
<br />
もちろん、（３）→（２）→（１）と上がっていくことが絶対だと主張したいのではありません。キャリアに正解はなく、そこに普遍的な理論があるはずもないからです。<br />
<br />
とはいえ、個人的には、普段は（３）の実運用の世界にいながらも（１）の課題解決に心を向け（２）の戦略策定に疑いをもちつつ（３）の改善のみならず、時に（２）についての提案ができるようになっていくことを考えてもらいたいな、と思っているという話です。<br />
<br />
●いいたいこと<br />
<br />
同じ実運用の仕事をしていても、そこから抜け出す人と、そうでない人に分かれていきます。その違いは、僕が見てきた限りでいうなら、とても小さなもののです。<br />
<br />
他にも色々な要因があるのでしょうが、少なくとも当事者意識を持てるかどうかが大事だと感じています。これは、どういうわけか意外と難しいことだからこそ、ここで差がついてしまうのでしょう。<br />
<br />
より一般化するなら、自分の持ち場から「遠くで起こっていること」を、どこまで「自分のこと」として考えることができるかどうか。新社会人にふれて、フレッシュな気持ちになり、こんなことを考えました。<br />
<br />
じじくさいですね・・・<br />
<br />
（新社会人のみなさま、おめでとうございます）<br />
さくら<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201504/02/05/c0071305_14322476.jpg" alt="_c0071305_14322476.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>NED-WLT</dc:creator>
      <pubDate>Thu, 02 Apr 2015 14:39:07 +0900</pubDate>
      <dc:date>2015-04-02T14:39:07+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>差別化にとって、いちばん大切なこと。</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/20432595/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/20432595/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/29/05/c0071305_9221970.jpg" alt="_c0071305_9221970.jpg" class="IMAGE_MID" height="165" width="443" /></center><br />
個人のキャリア開発においても、企業経営においても「差別化（differentiation）」は最重要の概念です。「差別化」の目的は、手ごわい競合が多数ひしめく世界において「競争優位（competitive advantage）」を獲得することです。<br />
<br />
●どうして「差別化」が重要なのか<br />
<br />
シンプルに言い切れば「差別化」されていない「似たようなもの（平均的なもの）」は運命的に「供給過多」になるからです。「供給過多であるということは、相対的に少なくなる「需要」をめぐって血で血を洗うような、勝ち目のない競争に陥るというだけではありません。<br />
<br />
「供給過多」とはいえ、そこには、その規模の供給が求められる市場があります。そうした大きな市場は、イノベーターにとっては新規参入の格好のターゲットです。デジカメが、スマホの写真アプリに破壊されつつある（注１）ように「供給過多」となっている市場は、そもそも異分野からの参入を呼び込みやすいわけです。<br />
<br />
●どうして優れた「差別化」は実現されないのか<br />
<br />
誰もが「差別化」の重要性を理解していながら、それがなかなか実現されない理由については、ヤンミ・ムンによる『Different: Escaping the Competitive Herd』（邦題：『ビジネスで一番、大切なこと　消費者のこころを学ぶ授業』）によって秀逸な考察が示されています。以下、その流れを簡単に要約します。<br />
<br />
（ステップ１）ある企業が、顧客に対して優れた価値提案を行う（ステップ２）顧客が喜び、その企業の業績が上がる（ステップ３）競合がそれをコピーする（ステップ４）優れていた価値が、その業界の標準になる（ステップ５）顧客の価値判断基準が高まり、顧客の目が厳しくなる（ステップ６）ステップ１に戻る・・・。<br />
<br />
このステップを繰り返すと（ステップ１）を実現する余地が時間とともにどんどん少なくなっていきます。いずれは顧客から見て取るに足らない小さな差異を、差異としてなんとか強調するという「むなしい争い」に落ち込んでしまいます。<br />
<br />
しかし、心理学者ウィリアム・ジェームスがいうとおり「差異を生まない差異は差異ではない」わけです（注２）。ビジネスの文脈に翻訳すれば「（企業の業績に）差異を生まない（顧客から見て取るに足らない）差異は（実務的には）差異ではない」ということ、ゆめゆめ忘れるべきではないでしょう。<br />
<br />
●どうして競争から完全に脱却するような「差別化」は難しいのか<br />
<br />
これまでの話をグラフで表現すると、以下のようになるでしょう。平均的な商品と比較して、差別化の度合いが高まれば、顧客からみた価値が高まります。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/29/05/c0071305_9265346.jpg" alt="_c0071305_9265346.jpg" class="IMAGE_MID" height="247" width="392" /></center>しかし、平均的な商品から距離を取ればよいかというと、そうでもありません。行きすぎると、商品が顧客に理解されないことになり、まったく無価値の世界に落ち込んでしまいます。<br />
<br />
この境界は、別の表現では「死の谷（valley of death）」として知られています（注３）。これをグラフで表現すると以下のようになるでしょう。これが、競争からの完全なる脱却になるような「差別化」が危険であり、難しい理由です。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/29/05/c0071305_9272645.jpg" alt="_c0071305_9272645.jpg" class="IMAGE_MID" height="245" width="392" /></center>実はこのモデルは、僕たちが「本物とニセモノ（真贋）」という文脈で、非常によく馴染んでいるものでもあります。ブランド品や骨董品はもちろん、人物評価や新興のベンチャー企業の評価においても、このモデルが人間の脳内で稼働していると思います。<br />
<br />
レアな本物を見分ける力は、その道の専門家として認知される大切な条件です。それを見分ける力があればこそ「本物」を誰よりも先に「掘り出し物」としてゲットできるわけです。そこには「違いがわかる人」としての尊敬も集まります。「目利き」であるだけで、食べて行けるわけです。<br />
<br />
●破壊的イノベーションの発生メカニズム<br />
<br />
しかし、まれに、死の谷の向こう側に「破壊的イノベーション（disruptive innovation）」が生まれることがあります。ウォークマン、Google、初代iPod、iPhoneなどがそれに相当するでしょう。こうした破壊的イノベーションは、まず、それが生まれた直後には顧客に理解されません。以下みたいな感じです。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/29/05/c0071305_927588.jpg" alt="_c0071305_927588.jpg" class="IMAGE_MID" height="245" width="392" /></center>「破壊的イノベーション」も「目利き」に見つけてもらえなければ、ただの「ニセモノ」です。実際に、見つけてもらえなかったがために、歴史に埋もれてしまった「破壊的イノベーション」は、恐ろしい数になるはずです。<br />
<br />
しかし「目利き」がそれを見出し、その「目利き」に頼る人々がその商品を認知した時点で、市場は変わります。一部にはまだ、その「破壊的イノベーション」に懐疑的だったり、その存在自体を認知しない人々もいるため、この時点では、市場は割れます。割れはしますが、しかし、古い市場において、過去最高値を付けていた商品の値崩れが起こるはずです。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/29/05/c0071305_9283321.jpg" alt="_c0071305_9283321.jpg" class="IMAGE_MID" height="246" width="392" /></center>これが進むと、市場は「死の谷」の位置を変えてきます。別の言葉でいうなら、顧客に対する「破壊的イノベーション」の価値教育が終わるということです。そして「破壊的イノベーション」を起こした企業は、イノベーターとして市場から尊敬を集め、強いブランディングが確立されます。<br />
<br />
この段階になると、過去最高値で取引されていた商品は、行き場を失い、同じコスト構造ではその商品を流通させることができなくなり、市場から消えていきます。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/29/05/c0071305_929999.jpg" alt="_c0071305_929999.jpg" class="IMAGE_MID" height="245" width="392" /></center>最後に「破壊的イノベーション」の鮮度が失われ、平均的な商品の位置が変わります。こうなると、過去には画期的と思われたものもその輝きを失い、ただの高級な商品になり下がります。それでもしばらくは、確立されたブランディングによって、競争を優位に闘える状態が続きます。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/29/05/c0071305_929324.jpg" alt="_c0071305_929324.jpg" class="IMAGE_MID" height="245" width="384" /></center><br />
しかしその後は、先に紹介したヤンミ・ムンによるステップを踏んでいく無限ループに入ることになるでしょう。平均的な商品が、高級な商品を「模倣」し、業界そのものが、むなしくも差異とは言えない差異を強調しながら、縮退していくことになります。このサインは、以下のグラフのように、高級な商品の値崩れとして観察することができるはずです。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/29/05/c0071305_930055.jpg" alt="_c0071305_930055.jpg" class="IMAGE_MID" height="247" width="381" /></center>典型的にはデジカメ業界がまさにこのプロセスにありますが、僕の見立てでは、スマホ業界もiPhoneの登場以降すでにこのプロセスに入っており、数年以内には、Google Glassに代表されるようなメガネ型携帯端末の登場に脅かされる可能性があります。まさに電脳コイルの世界ですね。<br />
<br />
●重要なのは「破壊的イノベーション」ではなくて「目利き」<br />
<br />
ここまでの話を総括すると（１）「差別化」しないと滅びる（２）しかし「死の谷」の内側ではブランディングに寄与するほどのインパクトは起こせない（３）だから「破壊的イノベーション」が求められる（４）「破壊的イノベーション」を普及させるのは「目利き」である（５）「破壊的イノベーション」ですら延命の手段にすぎない、ということです。<br />
<br />
この総括において、唯一、負のスパイラルから独立していて自由なのが「目利き」です。そうした「目利き」があればこそ、競合の平均値から遠く離れたところに、新たな「本物」を生み出すことができるのです。では「目利き」とはいったい、どのような人々なのでしょうか。<br />
<br />
この分野には、日本語で「普及学（Diffusion of innovations）」とも呼ばれる研究分野が存在し、特に、社会学者エベレット・Ｍ・ロジャーズ教授（スタンフォード大）が提唱した「ロジャーズの普及理論」が有名です（注４）。<br />
<br />
普及学によると「目利き」に相当する「初期少数採用者（Opinion Leader）」は、他者にその商品が優れていることを主観的に伝える発信力と影響力をあわせもった人々です。彼らの力によって普及率が市場の16%を超えると、シェアは急速に拡大すると言われています。<br />
<br />
●では「目利き」とは誰のことか<br />
<br />
すでにお気づきだとは思いますが、こうした特徴を持った「目利き」とは、現代的な言葉では「キュレーター」のことです。<br />
<br />
「キュレーター」とは『キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる』著者の佐々木俊尚氏の表現を借りれば「無数の情報の海の中から、自分の価値観や世界観に基づいて情報を拾い上げ、そこに新たな意味を与え、そして多くの人と共有する人」のことです。<br />
<br />
過去、こうした人々は「ディレッタント（dilettante）」と呼ばれたことがあります。「ディレッタント」とは本来、学問を愛している素人のことです。意地悪な言い方をすれば、自らの専門性の無さに強いコンプレックスを感じ、それを埋め合わせるように情報を収集し、学問の成果を「知っている」ことに安堵するような存在でした。<br />
<br />
しかし、現代の「ディレッタント」には、発信する情報によって影響力を確保し、埋もれようとしている「破壊的イノベーション」に火を灯すという社会的な役割が与えられています。商材でも人材でも、出過ぎた杭は「目利き」に発見されなければ、打たれるものなのです。<br />
<br />
●まとめ<br />
<br />
長々と書いてきましたが、成熟した競争社会における「差別化」には、生きるか死ぬかという重大な意味があります。それを自覚するビジネスパーソンは多いと思いますが「死の谷」の内側にいるかぎりブランドは確立されません。<br />
<br />
実は、この記事のトップに挿入したイラストには、大切な秘密があります。それは「差別化」を無視して集団を形成しているの男女（左側）はイケメンとかキレイ系のお姉さんなのですが、優れた「差別化」に成功している男性（右側）は、あまりイケていないということです。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/29/05/c0071305_932930.jpg" alt="_c0071305_932930.jpg" class="IMAGE_MID" height="165" width="443" /></center>これは優れた「差別化」に必要なのは高いスペックではないという事実を突き付けています。優れた「差別化」には、まず、平均的な集団から距離を取ることが求められるのであって、競合よりもスペックで優れていることは（それほど）重要ではないということです。<br />
<br />
そして距離を取っただけでは、市場からは「ニセモノ」と判断されてしまいます。そこで「目利き」に商材を見つけてもらい、その普及を助けてもらえてはじめて「ニセモノ」は「破壊的イノベーション」として認知されるのです。<br />
<br />
とはいえ「破壊的イノベーション」と言えども、現代社会においては、その寿命は決して長くなさそうです。それを何度でも生み出せるようになるために開発・開拓すべきリソースとは「目利き」なのだと思います。蛇足ですが、ジョブズのすごさは、彼がイノベーターであり、かつ「目利き」であるという２面性を同時に持っていたことなのではないでしょうか。<br />
<br />
（これから、お仕事です！）<br />
<br />
（注１）例えば野村総合研究所『これからICT・メディア市場で何が起こるのか』におけるp40などを参照ください。<br />
<br />
（注２）人事の世界では避けて通れない名著『コンピテンシー・マネジメントの展開(完訳版)』からの孫引き（p17）です。<br />
<br />
（注３）「キャズム理論」として知られている概念です。ジェフリー・ムーアによる著作『キャズム』にまとめられており、マーケティングの世界では必読書の一つとして広く知られています。<br />
<br />
（注４）エベレット・ロジャーズ『イノベーションの普及』か、軽めの読み物としては、マルコム・グラッドウェル『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』がオススメです。<br />
<br />
■ 新刊が発売となります！<br />
<br />
新刊は『ビジネスでいちばん大事な「心理学の教養」』という本です。ビジネスにおいて特に知っておくべき心理学のキーワードを、マーケティングや人事など、関連する実務の分野にひもづけて整理してみました。自分用にメモとして長いこと管理してきたものだったりします。よろしければ書店などで手に取ってみてください。<br />
<br />
（ではでは）<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>ned-wlt</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 29 Jun 2013 09:43:48 +0900</pubDate>
      <dc:date>2013-06-29T09:43:48+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>ストレス耐性は、高めることができるみたい。</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/20308930/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/20308930/</guid>
      <description><![CDATA[メルマガでも取り上げたのですが、もう少し考えを進めておきたいと思ったので、このブログにまとめておきます（注）。<br />
<br />
社会学者チャールズ・ホートン・クーリーが提唱した概念に「第一次集団（primary group）」というものがあります。これは、家族や親友といった親密な人間関係のことを指している言葉で、この「第一次集団」においては、オープンな関係性をベースとして信頼感や安心感を築くことが目的になっています。<br />
<br />
これに対して、特定の利害を共有したり、なんらかの社会的な目標を達成することを目的としたりして、人為的・意図的に形成された集団を特に「第二次集団（secondary group）」と言います。いわゆる会社組織はこれに当たりますね。<br />
<br />
個人にとって「第一次集団」は、個人がどういった帰属先を持っているのかを示しています。そのため、これが個人のアイデンティティーの基盤ともなります。それだけでなく、「第一次週第」の人間関係がどれくらい良好なものになっているかによって、そうした集団の外部にあるとき、つまりは「第二次集団」にあるときのストレス耐性が決まるようなのです。<br />
<br />
まあ、あまり難しく考えなくても、家族や親友と密接で温かい関係が築けている人は、その外で多少の失敗をしても（アムロのように）「帰れる場所」があるわけで、あまり心配がないわけです。<br />
<br />
失敗しても大丈夫という心理状態は、ストレスを受けたときに、それを押し返す力になるでしょう。実際、他者から心理的支援を受けている人は、たとえば病気からの回復が早いといったことが認められているようです。<br />
<br />
近年、厳しさを増す社会情勢の中で、ストレス耐性の重要性が語られることが多くなっているように思います。その背景には、一般的に「第一次集団」内部での人間関係が弱体化しているということがあるのではないか、なんていうことを考えてしまうのです。<br />
<br />
「最近、風邪をひきやすくなったな」とか「疲れが取れないな」とか思っている方がいたら、その最善の解決策は（１）久しぶりに親に連絡をして食事にでも行く（２）久しぶりに親友と連絡を取って食事にでも行く（３）たまには休暇を取って家族と旅行に行く、といった人間らしいウェットなことかもしれません。<br />
<br />
（今晩は、一時帰国中の友人との会食です！）<br />
<br />
（注）本稿執筆で主に参考としているのは 増子由美子『社会福祉におけるサポートの今日的問題点』, 哲學 83, 173-198, 1986-11-00, 慶應義塾大学 です。気になったかたは、そちらも当たってみてください。<br />
<br />
ホヤの照明＠気仙沼<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/02/05/c0071305_1223835.jpg" alt="_c0071305_1223835.jpg" class="IMAGE_MID" height="373" width="500" /></center><br />
●無料メルマガ『人材育成を考える』もよろしくお願いします。<br />
●twitterもやってます：http://twitter.com/joesakai<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>ned-wlt</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 02 Jun 2013 12:07:35 +0900</pubDate>
      <dc:date>2013-06-02T12:07:35+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>朝起きたら、自分に営業するよ。</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/20217044/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/20217044/</guid>
      <description><![CDATA[今日、ある優秀な営業マンから聞いた話に感動しました。<br />
<br />
営業マンは、まず自分に営業しないといけないそうです。自分がかついで売る商材は、顧客よりも先に、まずは自分に売りこむということです。ここで商材の優位性に自分自身が納得いかない場合は、顧客にそれを売ることはできないということです。<br />
<br />
この話をしてくれた直後、その営業マンは「そして・・・」と言葉をついでから、彼の大切なノウハウを教えてくれたのです。<br />
<br />
そうした自分自身への営業は、毎朝、ベッドで目覚めた自分自身に対して行うべきだそうです。顧客も競合も変化するので、営業として常に高い成績を出すためには、日々自分自身を納得させる必要があると、そういう意味なのでしょう。<br />
<br />
朝から「今日一日をしっかりと過ごす」と決めてから動くと、調子が良いですよね。逆に、朝から前の晩の状態を引きずっていて「疲れてるなー」みたいな感じでいると、立ち上がりが遅くなって、その一日の全てがイマイチだったりします。極端に言うなら、朝からしっかり自分自身と向き合うと、人生が変わるということです。<br />
<br />
営業マンではない僕は、商材を自分に売り込むかわりに、今日という日が、自分の残りの人生において「最も若い日」であることを自分に言い聞かせたいと思います。それから、その残りの人生で何を成し遂げたいかを再確認し、今日が、それを実現する長旅の「第1日目」であるという気持ちを作ります。明日の朝から！<br />
<br />
（がんばろー！）<br />
ラーメン！<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201305/17/05/c0071305_0364665.jpg" alt="_c0071305_0364665.jpg" class="IMAGE_MID" height="288" width="500" /></center><br />
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<br />
]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>ned-wlt</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 17 May 2013 00:36:59 +0900</pubDate>
      <dc:date>2013-05-17T00:36:59+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>人間の成長、7つのステップ</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/18079140/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/18079140/</guid>
      <description><![CDATA[色々な人が色々な形で述べてきたことですが、人間の成長はステップで考えることができて、それぞれ異なる意味を持ちます。もちろん、このステップが絶対というつもりもないし、例外も多数あるでしょう。まあとにかく、自分の考えを整理するために、ここにまとめておこうと思います。<br />
<br />
とても大事なことは、以下に紹介するそれぞれのステップは「すばやく駆け上がればいい」というものではなさそうだというところです。それぞれのステップにおいて「これでいいのだろうか？」と悶々と悩むことを通して、次のステップで活躍するための武器を鍛えるという側面があるように思うからです。<br />
<br />
１．やりたことが見えない段階<br />
<br />
一説に、世界には3万種類の職業があると言われます。であれば人間が、自分の適職探しに悩むのは当然のことです。色々と悩んだ結果として選んだ職業も、それが本当に自分のやりたいことなのかと尋ねられれば、なかなか自信をもってYESと答えられないこの段階は、多くの人に共通して訪れると思います。<br />
<br />
この段階では、地味な業務の積み重ねを通して、社会人としての土台を築きます。そうした活動を通して、世の中にはどのような仕事があるのかを「観察」することになるでしょう。そして多くの「隣の芝生」に目移りして、落ち着きを失ったりもします。ここではとにかく若くして活躍するライバルの話を見聞きしたぐらいで「焦らない」ことが重要だと思います。先は長いのですから。<br />
<br />
２．できることをしながら、やりたいことを探す段階<br />
<br />
与えられた仕事をこなしながら、周囲の信頼を積み上げていく段階です。周囲の信頼があると、与えられる仕事が多様になってきて「経験」として多くの仕事に触れることになります。多くの仕事に触れれば、徐々にではあっても、自分はどういう仕事が好きで、どういう仕事が嫌いなのかが見えてくるでしょう。この段階では、仕事の中で遭遇する「ちょっとした面白さ」を見逃さないことが大切だと思います。<br />
<br />
へんに焦って、与えられた仕事も満足にこなせないうちから、他の仕事をやりたがったりしても、こうした環境は得られません。どのステップでも同じことですが、現在手掛けている仕事の品質にこだわれない人は、周囲から信頼されませんよね。なにをやるにせよ、周囲の人に助けてもらうことが必要だとすれば、これは致命的なことになります。<br />
<br />
３．できることを、やりたいことに近づける段階<br />
<br />
人間は、どうしたって「やったことのあること」しか上手にできません。だから、与えられる仕事というのは、必ず「今の自分にできること」です。そこからしか、自分の可能性は広がらないということを理解する必要があります。<br />
<br />
とはいえ「今の自分にできること」は、資格を取得したり、スクールに通ったりして、少しずつではあっても自分で増やすことができます。そうすれば「今の自分にできること」にレバレッジをかけて「やったことがないこと」にチャレンジさせてもらえる機会も増えるはずです。<br />
<br />
４．やりたいことをやる段階<br />
<br />
前のステップがうまく回転しはじめると「自分にできること」と「やりたいこと」の重なりが増えてきます。雑務から解放されることはないものの（それは生涯を通してありえない）、朝、会社に向かうのが楽しみでしょうがない段階になります。<br />
<br />
実感ですが、この段階に到達できる人は、意外と少ないように思います。個人的には、ステップ３と４の狭間でもがいている人の手伝いができたらと考えることが多いです。ここを分けるカギは「自らの成長を実感できること」だと思います。プロの棋士は、将棋の決着がついてから「差し手の振り返り」を行いますよね。ああしたことが、自らのキャリアを考える個人にも必要だと信じています。<br />
<br />
５．やりたいことをやりながら、すべきことを探す段階<br />
<br />
「やりたいことをやる」というのは、別に楽だったりするわけではなく、むしろかなりつらいことが多いような気がします。それでも全体としては充実感があって、明日も頑張れる状態がずっと続くような「希望」みたいなものと常に一緒にいられる段階です。<br />
<br />
この段階に至っている人に共通するように思われるのが「自分さえよければ、それでいいのか？」といった疑問を持っているということです。それは「他者を気にかける余裕がある」というのとは違います。自分の命がいずれ終わることを強く認識し、なにかを残したいといった感覚に近いのではないでしょうか。<br />
<br />
６．やりたいことを、すべきことに近づける段階<br />
<br />
ボランティアなど、利他的な社会貢献活動に参加して、成果が出せる段階です。社会貢献活動は、まだ社会人経験が少ない若手でも実行することが可能ですが、その場合は「労働力」を無料で提供しながら、その対価としてお金ではなくて経験をもらうという関わりかたでしょう。<br />
<br />
それに対して、それなりにキャリアが進んでいるこの段階での社会貢献活動への関わり方は「労働力」ではなくて「スキル」の提供になっていることが多く、短い時間の関わりでも、レバレッジが効くことがあるように思います。そうした経験を通して、自分の持っているスキルが、どのような社会的問題に対してポジティブな影響およぼすことができるのかを認識していきます。<br />
<br />
７．すべきことをする段階<br />
<br />
やりたいことをしながら、それがそのまま優れた社会貢献になっていて、かつ、その活動から、自分や家族が生きていくための対価が得られるような段階です。おそらくは、この段階に至ることがキャリアの（1つの）ゴールではないかと思います。<br />
<br />
最後に、繰り返しになりますが、これらのステップは「すばやく駆け上がればいい」というものではありません。晩年まで、下位にあるステップで実力をためこみ、あるきっかをもって一気にステップを駆け上がっても、それは個人の人生として、誰に恥じるところもないものだと思います。大切なことは、こうしたキャリアのステップを意識しつつ、今の仕事に集中して、どのステップにおいても、周囲の信頼を裏切らないことでしょう。<br />
<br />
できること、やりたいこと、すべきこと。この3つの重なりを求めて悩み苦しむことから逃げることだけは、してはいけないことのように思います。<br />
<br />
（今日も、色々と仕事をします）<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201206/09/05/c0071305_13184354.jpg" alt="_c0071305_13184354.jpg" class="IMAGE_MID" height="358" width="500" /></center><br />
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]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>ned-wlt</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 09 Jun 2012 13:21:15 +0900</pubDate>
      <dc:date>2012-06-09T13:21:15+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>入社式は、3度ベルを鳴らす</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/16858087/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/16858087/</guid>
      <description><![CDATA[学校を卒業して、入社してくる新人たちの気持ちを考えています。自分自身のことを振り返っても、あれは不思議な体験だったのですが、こうした学生から社会人への「ギャップ」を理解することが、新人のキャリア教育（広い意味での子育て）にとって、非常に重要なことのように思われたからです。<br />
経営学者のメリル・Ｒ・ルイスによれば、新人とは知らないカルチャーと出会う（トレーニングこそ受けていないが）文化人類学者であり、その気になればエスノグラファー（民族誌作成者）だ。未知の文化に入って、とまどったこと、不思議に思ったことを書き記すことのでいるひとがエスノグラファーだ。会社に入った新人はユース・カルチャーの世界から、大人カルチャーの世界に入る。同時に、会社にはコーポレート・カルチャーがあり、この意味からも新人は新しい文化と出会う。<br />
金井壽宏『組織変革のビジョン』（光文社）より<br />
はじめに入社する会社の影響は、かなり大きいものがあるでしょう。ロケットは、発射される前であれば、飛ばす向きを自由に変えることがでいますが、いったん飛び立ってしまった後に、その軌道を修正するのは難しいことと似ています。<br />
<br />
このロケットの発射で、第1のベル（それは入社式と呼ばれる）が鳴ります。重たい空気のカベを突き抜けようとするロケットは、ガタガタと震えて不安定なのですが、操縦者にできることは少なく、ただ身を固く小さくして不安に耐えるしかありません。<br />
会社に就職したひとは、二度入社式を迎えるようなところがある。一度目はもちろん学校を卒業した新人としての入社式、ルイスの「知らないカルチャーと出会う文化人類学者」の誕生である。二度目の入社式は、ある程度コーポレート・カルチャーにも慣れ、会社の内情やパワー・バランスにも通じた社会人としての旅立ちになる。「とりあえず入った」から「とうとう本当に入った」へと進んでいく。二度目の入社式が、「この会社は」から「うちの会社は」という言葉の移行に象徴されることもある（し、さらに先になることもある）。<br />
金井壽宏『組織変革のビジョン』（光文社）より<br />
居酒屋で「うちの会社は～」なんていう愚痴をいうようになったとき、第2のベル（愛社心の発露）が鳴ります。日本人にとって「うち」という言葉の持つ意味は大きく、そこには自我の前提とも言えるような、共同体への「依存」が見られます。いわゆる「帰属の欲求」というやつです。この段階になると、ロケットは安定飛行に入っていると考えられるでしょう。<br />
<br />
しかし、会社に雇用されている個人が会社と築けるのは、あくまでも「非対称な依存関係」です。会社にとって、人材が命であることは疑えませんが、しかし、会社が特定の個人に過度に依存するような経営をすることは（リスク管理という視点から）あり得ません。<br />
<br />
しかし、仮に雇用されているとしても、自分と会社の依存関係のバランスを変化させることは可能です。付加価値の高いスキルを身につけていく個人には、会社のほうも、依存度を高めていくからです。結果として、こうした個人は昇進していくことになります。<br />
<br />
昇進し、より重い責任を得た個人は「うちの会社は～」という傍観者的な愚痴を封印し、いつしか「うちの会社を～」という主体的なアクションを伝える、より公式で強い言葉を使うようになっていきます。<br />
<br />
このころ、人はユース・カルチャー（自分の利害のみを考える子供社会の文化）から完全に大人カルチャー（自分以外の他者の利害も考える大人文化）の世界に入り込むように思います。本人が会社への依存をあまり意識しなくなるこの段階で、第3のベル（リーダーシップの発露）が鳴ります。<br />
<br />
こうした個人が、特定の会社に雇用されているのは、その会社の理念に共感するからであり、自分の判断です。こうした人材は、大きなミスを犯せば、その責任を取って辞任するという覚悟を持っているプロフェッショナルでもあるでしょう。<br />
<br />
愚痴の世界の住人から抜け出し、世界を変える主体としての責任を自覚したとき、人は学生であることをやめ、本当の社会人になるのだと思います。そして、人間の一生において、この第3のベルを鳴らせるかどうかが、最も重要で、かつ困難なボトルネックのように思われます。<br />
<br />
ここで一つ、大きな疑問があります。はたして第2のベルは必要なのかということです。僕がヨーロッパに暮らしていたころ、日本に見られるような愛社心のようなものは（もちろんイチゼロの話ではありませんが）ほとんど感じられなかったということも、この疑問を大きく深刻なものにさせています。<br />
<br />
リーダーシップとプロフェッショナリズムを獲得している子供は、すでに立派な社会人であるとするならば、子供の教育において何を重視すべきかというところが見えてきます。ここらへんは、僕なりに今後も考えていきたいテーマです。<br />
<br />
（沖縄での講演会の準備中です）<br />
夏の思い出<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201109/16/05/c0071305_0264751.jpg" alt="_c0071305_0264751.jpg" class="IMAGE_MID" height="337" width="500" /></center>関連記事<br />
「突き抜けた人は、どうしてみんな子供なんだろう？」 2011-07-02<br />
<br />
新刊『ご機嫌な職場 「職場コミュニティー」再構築の方法』が、東洋経済新報社より出版となりました。お読みいただけると嬉しいです。<br />
<br />
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<br />
]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>NED-WLT</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 16 Sep 2011 00:41:22 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-09-16T00:41:22+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>組織論：多様性のみが、多様性を打ち破ることができる</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/16787559/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/16787559/</guid>
      <description><![CDATA[複雑系に関する先駆的な研究者、ウィリアム・ロス・アシュビー（William Ross Ashby）は「複雑な環境に対応することができるシステムとは、それと同じだけ複雑なシステムである」という、当たり前すぎて、逆にすごいことを言っています。<br />
<br />
これを、特にアシュビーの法則（必要多様性の法則 / Low of Requisite Variety）と言います。<br />
<br />
複雑な問題の解決策が複雑なのは、仕方のないことなのです。複雑な世界を生きる僕たち人間も、それと同じだけ複雑な内面を持っています。だからこそ、僕たち人間には、絶え間ない学習が求められたりもするのです。<br />
<br />
複雑な世界に挑もうとする企業も、それと同じだけ複雑な組織を持っているでしょう。経営の世界では、よく「美しい組織を作ろうとしてはいけない」と言われます。絵に描いたようにきれいなピラミッド構造を持った組織は、現実には、うまく機能しないということです。<br />
<br />
どこの会社でも、現実の組織図は、かなりいびつで複雑な形をしています。それは決して美しくはないかもしれませんが、そういう形にせざるをえない合理的な理由が存在することは忘れてはならないのです。それは、顧客の複雑な要求に対応するために、そして従業員の複雑な欲求を満たすためにも、必要十分な複雑さを内包しているということです。<br />
<br />
（これから原稿を書きます）<br />
夏休みの終わりに<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201108/29/05/c0071305_2240325.jpg" alt="_c0071305_2240325.jpg" class="IMAGE_MID" height="412" width="500" /></center>新刊『ご機嫌な職場 「職場コミュニティー」再構築の方法』が、東洋経済新報社より出版となりました。お読みいただけると嬉しいです。<br />
<br />
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]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>NED-WLT</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 29 Aug 2011 22:43:34 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-08-29T22:43:34+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>経営戦略：ニッチ空間とガウゼの競争排除則</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/16762758/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/16762758/</guid>
      <description><![CDATA[「ニッチ（niche）」という言葉が頻繁に用いられはじめたのは、経営学の世界ではなくて、生物学の世界でのことでした。もともと「ニッチ」とは、置物などの装飾品を飾るための壁の「へこみ」を表す言葉だったそうです。<br />
<br />
この言葉の生物学的な意味を正しく理解すると、経営における「ニッチ戦略」という言葉の意味もはっきりします。以下『企業の適応戦略』（西山賢一著）の記述を参考にしながら考えてみます。<br />
<br />
今、ある池の中に種類の異なる魚種Aと魚種Bがいるとします。魚種Aは、温度の高いところに生息し、大きな餌（エサ）を食べて暮らしているのに対して、魚種Bは、温度の低いところに生息し、小さな餌を食べているとします。この状態を図で表現すると、次のようになります（魚種Aと魚種Bのニッチ空間比較）。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201108/23/05/c0071305_20393292.jpg" alt="_c0071305_20393292.jpg" class="IMAGE_MID" height="286" width="290" /></center><br />
生物学におけるニッチとは「ある特定の種が生息する、ある特定の環境（生態的地位）」という意味です。上の図のように、魚種Aのニッチと魚種Bのニッチは異なるため、魚種Aと魚種Bはお互いに資源（この場合は、適度な水温のナワバリと丁度良い大きさの餌）をめぐって競合することなく、平和に暮らせるというわけです。<br />
<br />
実際に生物の世界では、同じ種であれば似たような環境にくらしており、異なった種であれば異なった環境に暮らす傾向が広くみられます。仮に異なる種が同じ空間を共有している場合でも、活動時間帯（昼と夜）や餌の種類などで異なる環境を上手に選んでいます。<br />
<br />
逆に、複数の種において、このニッチに重なり合いが発生た場合、種の間で資源をめぐる深刻な争いが発生し、どちらか一方が排除されてしまうことが知られています。これを「ガウゼの競争排除則」と言います。<br />
<br />
企業の競争状態も、上の図における「水温」と「餌の大きさ」を、それぞれ「製品スペック」と「市場」といった具合に配置すれば、ニッチ空間によって表現することが可能でしょう。これは、自社商材の競合状態を分析するときや、新規事業開発のターゲットを判断したりするときに有効な表現手段です。<br />
<br />
（寝不足です・・・）<br />
あかり<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201108/23/05/c0071305_20403658.jpg" alt="_c0071305_20403658.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center>関連記事<br />
「『あたらしい戦略の教科書』が出ます。」 2008-07-04<br />
<br />
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<br />
]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>NED-WLT</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 23 Aug 2011 20:50:59 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-08-23T20:50:59+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>ダンバー数（Dunbar’s number）と3つの論点</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/16711561/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/16711561/</guid>
      <description><![CDATA[友達の数は、最大でも150人が限界？イギリスの人類学者、ロビン・ダンバー教授（Robin Dunbar）が提唱した仮説です（注1）。この、人間関係の規模の限界を示す数のことを、特にダンバー数と言います。<br />
<br />
この仮説は、Facebookなどに代表されるSNSが台頭してくるなかで、「人間は、何人まで友達を持てるのか」という文脈でネット上で有名となりました。これについて、ダンバー教授自らがコメントしているビデオが以下のものです。英語が苦にならない人は、ぜひ一度、このビデオを見てください。<br />
<br />
<br />
ダンバー教授によると、人間の場合、こうした友達の数は150人が限界（ダンバー数）とのことです。もちろん、きっかり150人というわけではなく、この数にはバラツキもあります。が、とにかく150人程度のところに限界があるそうです。<br />
<br />
この理由として、ダンバー教授は2つの視点を提供しています。1つは、認知の問題です。自分の周囲にいる人（個体）を、どこまで気にしていられるかということには、当然、数の限界があるだろうということです。そしてもう1つは、そうした関係を維持・発展させるために「投資」する時間には、限界があるので、自然に関係を維持できる数にも限りがあるだろうというものです。<br />
<br />
この考え方について、経営学の視点からは、少なくとも以下のような3つの論点がありそうです。<br />
<br />
１．組織規模の限界？<br />
<br />
ダンバー数を考慮すれば、組織規模が150人を超えるか超えないかで、管理手法が異なりそうです。顔と名前が一致する限界も150人ぐらいという俗説は、ダンバー数を知った今は、無視できないでしょう。<br />
<br />
これを経験則から経営に取り入れてきたのが、ゴアテックスで有名なゴア・アソシエイツ社です（注2）。創業者のウィルバート・ゴア氏は、グループが150人以下であれば明確な規範がなくても従業員は同じ目標へ向かってがんばるが、150人を超えると問題が発生することを経験から学びました。<br />
<br />
このため、ゴア・アソシエイツ社は、各部門の従業員数が150人以下になるように、従業員が増えすぎたら部門（工場）を分割するという戦略を取ってきたそうです。組織が大きくなってきたとき、このゴア・アソシエイツ社のケースは、思い出す必要があるでしょうね。<br />
<br />
２．インターネットの登場をどう評価するか<br />
<br />
インターネットの登場によって、僕たちは、20年前に連絡の途絶えた友人とも、簡単につながれるようになりました。インターネットは、人間の認知をあきれるぐらい拡張しているし、人間関係を維持するコストも劇的に下げているのです。こうしたことから、認知と関係維持コストによって決まるダンバー数は、どう考えても、インターネットが登場する以前の150人よりも多くなっているはずです。<br />
<br />
さらに、ダンバー数という概念は、自分と他者の間に「強いきずな」を構築することに着目しており、知り合い程度の「弱いきずな」を無価値なものとして、あまり重視していないように見えます。しかし「弱いきずな（weak ties）」にも、重要な意味があることは、米国の社会学者、マーク・グラノヴェター教授（Mark Granovetter）が明らかにしていることです（注3）。そして、インターネットには、こうした弱いきずなを量産する力があります。<br />
<br />
３．キャリア論への応用<br />
<br />
周囲にどのような人がいるかによって、自分のありかたは変わります。愚痴ばかり言う人に囲まれていれば、自分だってネガティブになるでしょう。逆に、前向きな人に囲まれていれば、自分もポジティブになれるはずです。ここらへんは、ミラーニューロンのことを考えれば、脳科学的にも説明がつきます。<br />
<br />
だから「こうありたい自分」になるためには、自分の周囲に、どんな人に居てもらいたいのかを考える必要があります。そして、そうした人は、せいぜい150人ぐらいまでしか維持できないとするなら、僕たちは「誰と付き合うのか」ということに、もっと真剣にならないといけないのでしょう。<br />
<br />
人間関係に、ポートフォリオ管理的な発想を持ち込むことに対しては、倫理的な批判があるでしょう。まあでも、僕自身の現実をオープンにすれば、僕は普段、意識して自分よりも年下のリーダーと関係を築くように心がけています。そのほうが、柔軟性と積極性を、自分の中に取り込むことができると信じているからです。<br />
<br />
（これから、メルマガを仕上げます）<br />
<br />
（注1）もう少し正確には、霊長類が親密なグループ（群れ）を築くとき、その規模は、大脳皮質の大きさに関係する、という仮説です。<br />
<br />
（注2）マルコム・グラッドウェルによる名著『ティッピング・ポイント』の記述を参考にしています。本書の要点は、何事にも爆発的な変化が起こるには、その前に超えなければならない境界があるということです。今回のエントリの場合は、150人を超えると、一気に関係管理の複雑性が増すという意味で、ティッピング・ポイントの文脈にも当てはまります。<br />
<br />
（注3）この仮説に関する論文はMark S. Granovetter, “The Strength of Weak Ties”, The American Journal of Sociology, Vol. 78, No. 6 (May, 1973), pp. 1360-1380、及び”The Strength of Weak Ties: A Network Theory Revisited”, Sociological Theory, Vol. 1, 1983 (1983), pp. 201-233です。<br />
<br />
@葉山<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201108/10/05/c0071305_2217197.jpg" alt="_c0071305_2217197.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
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<br />
]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>NED-WLT</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 10 Aug 2011 22:19:10 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-08-10T22:19:10+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>企業本来の価値と、市場で評価される価値（株価）のバランスを考える</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/16652867/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/16652867/</guid>
      <description><![CDATA[日本で企業経営というと、とにかく組織をうまく動かして、キャッシュを生み出せば良いと考えられている節があります。ここには、日本の経営が、歴史的に間接金融（銀行などの金融期間に株を持ってもらったり、長期で借り入れたりすること）に頼ってきたことの「ツケ」としての側面があります。<br />
<br />
欧米は、日本に先んじて、直接金融（社債や株式の発行）によって企業経営に必要となる資金を、市場から直接調達してきました。このため、欧米の企業経営には「自社本来の価値を、市場に理解してもらう」ための活動、すなわちIR（Investor Relations）活動が、キャッシュを生み出す活動に負けず劣らず重要視されています。<br />
<br />
過去、日本企業が、間接金融に頼れていた時代には、こうしたIR活動の必要性は高くありませんでした。ですので、日本ではIR活動が軽視される傾向が未だに残っていると言われます。日本の政府が、海外の投資家の気持ちを無視するような行動をとる背景にも、このようなIR活動の軽視があると一部では考えられています。<br />
<br />
しかし、バブル崩壊を経験した日本は、間接金融主体の企業経営が限界であることに気が付いたはずです。メインバンク制度と呼ばれる、銀行などの金融機関が事業会社の株を保有するようなシステムは、不況時には、株価の値下がりによって金融機関の経営自体が悪化してしまい、いわゆる「貸し渋り」が発生してしまいます。<br />
<br />
この反省から、日本は、過度に間接金融に依存した経営から卒業した（させられた）わけです。その結果として、日本でも株式の流動性が高まり、株主による企業のガバナンス監視が進み、M&A（事業買収）などが活性化したのでした。要するに、日本企業が置かれている環境が、グローバルな基準にそろったことで、IR活動の重要性が高まったということです。<br />
<br />
そんなIR活動の本質を図で表現すると、以下のようになります。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201107/27/05/c0071305_20342321.jpg" alt="_c0071305_20342321.jpg" class="IMAGE_MID" height="387" width="422" /></center><br />
縦軸を市場で評価される会社の価値（＝株価）、横軸を会社本来の価値としたとき、まず、大前提となるのは、経営者には、この2つの価値を同時に高める活動が求められるということです（図の背景にある水色の大きな矢印）。<br />
<br />
その中身は（1）IR活動によって市場における企業価値を高め（2）直接金融による資金調達を行い（3）調達した資金を事業に投資する、という上昇サイクルでできています。ここで、IR活動が正しく実施されないと、市場からの資金調達がうまくいかなくなり、結果として投資がしぼんでしまい、事業の成長がおぼつかなくなってしまうというわけです。<br />
<br />
正しくIR活動が実施されないことには、他にも大きな「副作用」があります。主には、銀行からの借入を行うときの金利が不当に高くなってしまうこと、採用（employer branding）が不当に困難になってしまうこと、そして従業員の会社へのロイヤリティーが不当に低くなってしまうこと、などが知られています。<br />
<br />
株主を軽視するような、古い日本型経営は、もはや存在しえない時代なのです。<br />
<br />
（自分用のメモとして）<br />
価値の測定<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201107/27/05/c0071305_20353578.jpg" alt="_c0071305_20353578.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
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<br />
]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>NED-WLT</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 27 Jul 2011 20:37:10 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-07-27T20:37:10+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>キャリア論：キャリア開発に、王道は2つしかない？</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/16605926/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/16605926/</guid>
      <description><![CDATA[ビジネスに限らず、なんでも、過去に1度でも経験したことがあれば、難しくないことってたくさんあります。でも、これってイチゼロの問題で、経験したことがあるか、ないかという差は、それなりに絶対的だったりします。<br />
<br />
実際にやってみる前は「自分には無理だな」と感じていたことも、経験してみれば、思ったよりも簡単だった、みたいなことは、誰にも覚えがあるでしょう。面白いのは、世の中は、意外とそんなことばっかりだということです。<br />
<br />
ここに気がつくと、キャリア開発の王道って、実は2つしかないことが見えてきます。<br />
<br />
王道1．本当に難しいことに習熟する<br />
<br />
一つは、本当に難しいことにトライして、習熟するという道です。これに成功すれば、他の人の追従を許さない、貴重なスキルが身につくでしょう。そうした貴重なスキルは（それに需要がある限り）自分のキャリアを支えてくれます。でも一説に、この習熟には5,000時間もの投資が必要と言われています。長いですね。<br />
<br />
逆に言えば「やろうと思えば誰にでも経験できる、簡単なこと」を繰り返しても、キャリア開発にはならないということです。そこに希少性はありませんし、それが簡単なことである限り、いずれはロボットに置き換えられて行く仕事でしょう。<br />
<br />
王道2．簡単には経験できないことを経験する<br />
<br />
もう一つは、普通の人には、なかなか経験できないことを経験する、という道です。そうした貴重な経験を通してしか得られないスキル、人脈、視野というのは、自分のキャリアを他者のそれと差別化するでしょう。<br />
<br />
こうした貴重な経験ができるかどうかは、ある程度は運で決まってしまうことです。ですが「虎穴に入らずんば、虎子を得ず」というように、それにはリスクの受容や積極性が必要だったりもするので、運だけとも言えません。<br />
<br />
言いたいこと<br />
<br />
何か1つでも、本当に難しいことを時間をかけて習熟（王道1）しながらも、そうそう経験できないことを経験し、そうした貴重な経験を通して得られたことを整理して「引出し」にしまっておくこと（王道2）、が、キャリア開発の本筋ではないかと思います。<br />
<br />
若手が時に、自分の置かれている貴重な環境（王道2）に気づかずに、難しいスキルの習得（王道1）を焦ることがあります。ですが、難しいスキルの習得には、どのみち10年単位の長い時間が必要なのですから、そこに焦って飛び込んでも、1年後に飛び込んでも、大差はありません。<br />
<br />
それよりも、若くして活躍したいのであれば、貴重な経験（王道2）にうまくレバレッジをかけながら、貴重なスキルを持ったベテラン（王道1）を「巻き込む」という発想、つまり優秀な他者を動かすスキルを鍛えるべきではないかと。<br />
<br />
本当に危険なのは、自分が王道1にも王道2にも関係のない環境にいる場合です。例えば、リスクを避けるばかりの職場に就職し（王道2を捨てること）、誰でもできる仕事をしている（王道1を捨てること）ような場合は、色々と考える必要があるでしょうね。<br />
<br />
（暑いですねぇ・・・）<br />
おしごと<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201107/16/05/c0071305_166466.jpg" alt="_c0071305_166466.jpg" class="IMAGE_MID" height="350" width="500" /></center>関連記事<br />
「キャリア論：溶かしてはいけない「厚み」について」 2011-05-07<br />
「経験の受け皿」 2009-02-20<br />
「教育でいちばん大切なこと？」 2011-04-06<br />
<br />
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<br />
]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>NED-WLT</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 16 Jul 2011 16:08:43 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-07-16T16:08:43+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>突き抜けた人は、どうしてみんな子供なんだろう？</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/16545502/</link>
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      <description><![CDATA[それなりに長く生きてくると「こいつには、かなわないな」と思わされる人物に会うことも増えてきます。で、気づいたんですが、そうした人物は、どうもみんな「子供」なんですよね。年齢が若いという意味ではなくて、年齢的には完全に大人なのに、振舞いや考え方が「子供」なんです。<br />
<br />
これ、即興演劇の世界で有名なキース・ジョンストンの言葉を知ると、背後にある重要な意味が見えてきます。<br />
<br />
普通の人は「子供」のことを「未成熟な大人」と定義して、理解しています。これは「子供」よりも「大人」のほうが優れているという考え方ですよね。でも、キース・ジョンストンは、全く逆に考えるんです。<br />
<br />
大人とは、委縮した子供である<br />
本質的には「子供」と「大人」の違いなんてないってことです。人間は、年齢が低いころは自分自身であり、自分らしく振舞います。でも年齢が高くなってくると「他人の目に映る自分」をつくりはじめ、自分らしさから離れていくという、ただそれだけのことなのだと思います。<br />
<br />
突き抜けた人たちは、決まって「他人からどう見られるか」なんて気にしていない。ぜんぜん「委縮」していないんです。そんなことは「どうでもいい」って思ってます。「人に好かれたい」なんていう気持ちも、少しは残っていたりしても、基本的に無視します。<br />
<br />
そのかわり、彼らは、自分の価値観にすごい忠誠心を持っています。価値観どおりに行動します。そうした強い意思というのは、別の言い方をすれば、世界の「あるべき姿」のビジョンです。だから、今ある不完全な世界に、怒っています。<br />
<br />
世界を変えるのは、このような「委縮していない、怒っている子供」、すなわち「リーダー」なんですよね。そんなことを、前作『リーダーシップでいちばん大切なこと』に書きました。で、ここまでくると、リーダーシップ教育に必要なものも見えてきます。<br />
<br />
リーダーシップ教育の本質は「自分自身になる」ということです。だからリーダーシップ教育というのは、つくられた「大人」としての自分を「はがしていく」作業の連続であるべきです。<br />
<br />
で、こうしたリーダーシップ教育に有効な手段が「演劇」です。先のキース・ジョンストンが即興演劇の人であることと、リーダーシップ教育の手段が「演劇」であることの間には、太いリンクがあるのです。<br />
<br />
実は、僕は高校生のころ「演劇」をしてました。台本を書いて、役者をやって、舞台装置を作って、照明や音響もやって、演出をして、舞台監督も経験しました。当時は、完全に「演劇」を中心とした生活をしてました。<br />
<br />
「演劇」って、そもそも恥ずかしいです。発声練習とか、もう超恥ずかしい。変なセリフとかいっぱいあるし、穴があったら入りたい感じ。でも、とにかく「表現することに、照れるな」って教わるんですね。で、あるとき「これだけ恥ずかしいことをしてるんだから、いまさら他人の目なんてどうでもいいや」ってなります。<br />
<br />
そんな精神状態で、役者を体験すると「演じる」とはどういうことかがわかります。すると普段の自分っていうのも、じつは「他人から、かっこよく見える自分を演じている」ってことに気がつくんです。で、これは自分じゃないじゃんって思う。恥ずかしくてもいいから、自分らしく生きないとって考える。<br />
<br />
「ペルソナ」という言葉、ご存じですか？おおかたの人間は、社会（周囲）から期待される「役割」をこなして生きているわけですが、ここの「役割」のことを「ペルソナ」っていいます。ユングによる心理学上の概念です。<br />
<br />
もとの「ペルソナ」が意味していたのは、昔の「演劇」で使われていた「仮面」です。つまり僕たちは、社会的に優れた「仮面」を持つ人のことを「大人」と呼んでいて、この「仮面」をつけていない人のことを「子供」と感じるわけです。<br />
<br />
突き抜けてる人が、したいことをして、嫌なことはしない「子供」だっていうのは、まあ、当たり前なんですよね。<br />
<br />
（カブトムシ、とりにいこーぜ！）<br />
青菜<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201107/02/05/c0071305_1041083.jpg" alt="_c0071305_1041083.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center>関連記事<br />
「コミュニティー・ステージ仮説」 2011-01-22<br />
「僕たちは、ただ１度きりの人生を生きている。」 2011-03-03<br />
「本を書き、出版するということ」 2010-07-24<br />
<br />
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]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>NED-WLT</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 02 Jul 2011 10:49:07 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-07-02T10:49:07+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>「組織と戦略」という終わりなきジレンマ</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/16517199/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/16517199/</guid>
      <description><![CDATA[経営学の世界では、非常に根源的な問いとして、組織と戦略の関係性が話題になることが多くあります。そこには、代表的な2つの考え方があり、それらについて自分なりの考えを持っておくことは、ビジネス・パーソンにとって重要なことだと思うので、ここでまとめておきます。<br />
<br />
●考え方１：組織は戦略に従う（organization follows strategy）<br />
<br />
ドラッカーに並ぶとも劣らない経営学者アルフレッド・チャンドラーが1962年に発表した『Strategy and Structure』で提唱した考え方で「経営戦略に従って、組織構造も変革される」という事実を、家族経営的な単純な組織が巨大企業へと成長していく課程から見いだしたのでした。かなり極端に言えば、戦略が先にあって、組織は後だという考え方です。<br />
<br />
●考え方２：戦略は組織に従う（strategy follows organization）<br />
<br />
戦略経営の父とも呼ばれるイゴール・アンゾフが1979年に発表した『Strategic Management』で提唱した考え方で「組織の特徴を活かすためにこそ、戦略がある」とするものです。これも極端に言えば、組織が先にあって、戦略は後だという考え方です。<br />
<br />
●よく見る誤解<br />
<br />
中小企業の場合は「戦略は組織に従う」ことになり、大企業の場合は「組織は戦略に従う」という意見を目にすることがあります。これは、組織の大きさ＝信用力とする古い考え方をベースにしており、現代のように、小さい会社でも、経営者の信用力によって大きなファイナンスを引きつけることができる時代には正しくないと思います。<br />
<br />
●理想と現実のはざまで<br />
<br />
要するに、必要な外部リソースにアクセスしやすい場合は「組織は戦略に従う」し、逆に外部リソースへのアクセスが容易ではないときは「戦略は組織に従う」しかないわけです。<br />
<br />
企業という文脈では、外部リソースへのアクセスを決めるのは「信用力」というパラメータであり、それは企業の過去の実績のみならず「経営者の魅力」によっても大きく変化します。<br />
<br />
信用力が足りず、資金や人材といったリソースに不足があるときは、どうしても「戦略は組織に従う」でしょう。無い袖は振れないわけで、自分たちの強みを活かせるスキマを探し出し、そこにリソースを集中させるような戦略を選ばざるをえません。これはボトム・アップ的な経営アプローチとも言えるでしょう。<br />
<br />
しかし、信用力が生まれてくると、リソースの確保が容易になってきて、理念（あるべき姿）の実現に向けた組織の最適化が経営の重要な課題になってきます。この段階になると「組織は戦略に従う」わけで、戦略の実行に足りないスキルは社外から調達したり、育成したりするようになります。これはトップ・ダウン的な経営アプローチだと言えるでしょう。<br />
<br />
●まとめ<br />
<br />
組織と戦略は、非常に密接に関係しています。このどちらも重要なのですが「どちらが主体なのか」という問いに答えることは、実務的には簡単ではありません。<br />
<br />
とはいえ、僕は、経営者は少しでも戦略のほうに重心を置いた経営をすべきであり、その実現には信用力が必要であり、信用力には経営者の魅力が影響するという考え方をします。<br />
<br />
（今日はブログ以外にも、たくさん文章を書きました）<br />
構造の魅力<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201106/25/05/c0071305_19164987.jpg" alt="_c0071305_19164987.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>アクセスのある記事<br />
「コミュニティー・ステージ仮説」 2011-01-22<br />
「顧客のクラス分けと、マーケティング戦略」 2009-03-16<br />
「本を書き、出版するということ」 2010-07-24<br />
<br />
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]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>ned-wlt</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 25 Jun 2011 19:19:36 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-06-25T19:19:36+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>BPR（Business Process Re-engineering）について</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/16455220/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/16455220/</guid>
      <description><![CDATA[BPRという言葉が流行ったのは1990年代の話なのですが、その概念やフレームは今も生きており、とても重要な概念であるため、ここでまとめておこうと思います。<br />
<br />
一般に、BPRはITコンサル企業のサービス商材であることから、BPRと聞くとすぐに巨大なITシステムのことを思いうかべる人も多いとは思います。しかしBPRは、かならずしもITシステムを伴うものではありません。<br />
<br />
僕がBPRの本質だと（勝手に）理解しているのは「改善の積み重ねとして構築された業務プロセスは、しばしば非効率である」という前提の存在です。増築を重ねたビルが良い例で、廊下や階段がおかしなことになっていたり、トイレやエレベータの位置もわかりにくかったり、何よりもビル全体の強度が犠牲になっていたりするでしょう。<br />
<br />
業務プロセスも長い期間にわたって改善・運用されていると、増築を重ねたビルと同じように、色々とおかしなことになっているものです。BPRとは、そうした業務プロセスを「そもそも論」に戻って見直し、現状（内部環境＆外部環境）に合うように「最適化」する作業全体を指している言葉です。<br />
<br />
ただし、この「最適化」というのは曲者で「何が、どのように、何に対して最適なのか」という議論に入ってしまうと、とたんに考えが発散してしまいます。そんなとき、関係者の合意を取りやすいのは「コスト」で考えること。結果として「サービスの品質を落とすことなくコスト削減できりゃ、いいじゃん」というあたりがBPRの実務的な着地点になることが多いようです。<br />
<br />
BPRの実務的な山場は、BPR対象となる組織のインプット（データ、マテリアルなど）とアウトプット（成果物など）をつなぐ「業務プロセス」の中身を、個人の活動レベルで明らかにすることです。これはインタビューなどを繰り返す大変な作業なのですが、その過程で、多くの課題や問題が洗いだせるまたとない機会でもあります。<br />
<br />
もちろん、いきなり活動レベルに突っ込むのは効率的ではないので、通常はビジネス・ユニットなどの事業レベル、営業や管理などの機能レベルで、まずは大きな業務プロセスを理解したり、各レベルで適用されるビジネス・モデルなどを理解してから、個人の活動を明らかにしていきます。<br />
<br />
最終的には、個人の活動単位でコスト（時給単価×時間×回数）を計算することで、特定の業務プロセス推進にかかっているコストを理解することができるようになります。こうしたコスト計算方法のことを、特にActivity Based Costing（ABC）と言います。<br />
<br />
このABCの現在地と、途中で明らかになった各種の課題や問題をみながら（少なくともコスト面で）最適化できる新しい業務プロセスのデザインを実施します。ここでは、自分の頭で考えるだけでなく、ベスト・プラクティス（成功事例）に学ぶことが重要です。<br />
<br />
ベスト・プラクティスを探すには、まとめて時間をとって、業界誌と専門誌を一気にスキャンし、そのあとで専門家の意見を聞くのが効率的です。普段からこまめに業界誌などをチェックするのも個人的な勉強という意味ではアリですが、BPRという文脈で、こうした個人の知識に頼るのは、心もとないです。<br />
<br />
BPRの結果として選択されるアクションは、傾向として（１）手作業を自動化する（２）作業をどこかに移管／アウトソースする（３）必要のないことをやめる、の3つというのが僕の意見です。もちろん、これ以外の視点も必要ですが、まずはこの3つだけで新しい業務プロセスをデザインしても、それなりに結果が出せると思います。<br />
<br />
（まとめでした）<br />
川魚を食べる<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201106/11/05/c0071305_15115229.jpg" alt="_c0071305_15115229.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>アクセスのある記事<br />
「コミュニティー・ステージ仮説」 2011-01-22<br />
「顧客のクラス分けと、マーケティング戦略」 2009-03-16<br />
「本を書き、出版するということ」 2010-07-24<br />
<br />
<br />
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]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>ned-wlt</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 11 Jun 2011 15:13:55 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-06-11T15:13:55+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>人間の「欲求」について</title>
      <link>http://nedwlt.exblog.jp/16342911/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://nedwlt.exblog.jp/16342911/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201105/17/05/c0071305_22423978.jpg" alt="_c0071305_22423978.jpg" class="IMAGE_MID" height="332" width="500" /></center>「欲求」に関することは、これまで、多くの研究者たちの関心を集めてきました。そんな中で、特にビジネスに関係すると思われる部分を、以下にまとめてみます（長文です）。<br />
<br />
人間は、自分が求める「何か」が欠乏しているとき、その欠乏を埋めるために、何らかの行動をとろうとします。このように「欠乏しているものを埋めたいと感じる気持ち」を「欲求」と言います。<br />
<br />
●ビジネスと「欲求」の関係<br />
<br />
「自分の欲求」を理解することは、発露させるべき欲求を選択する力（＝自制心）を獲得したり、モチベーションを管理したり、人生の計画を立てたりといった具合に、主に「キャリア開発」に関わってくるでしょう。<br />
<br />
これに対して「他者の欲求」を理解することは、顧客ニーズを把握したり、交渉に強くなったり、究極的には人脈を築いたりと、主に「マーケティング」に関わってくるでしょう。<br />
<br />
●欲求理論：2人の巨人<br />
<br />
「欲求」について学ぶとき、ヘンリー・マレー（Henry Murray）とアブラハム・マズロー（Abraham Maslow）の2人の巨人を無視することはできません。<br />
<br />
（僕の理解では）マレーの系譜は「人間の持っている欲求を網羅的に書き出して、それぞれを個別に考える」というもの。そして、マズローの系譜は「個々の欲求の間にある関係性を考える」というものです。<br />
<br />
●マレーの欲求リスト<br />
<br />
マレーの欲求リスト（Murray's Psychogenic Needs）と呼ばれるものは、一度は見ておくべきものです。自分の行動のベースとなっている「欲求」が正しいものなのかを考えたり、顧客が本当に求めているものを理解したりするために役に立つと考えられるからです。<br />
<br />
ただ、マレーの欲求リストは、オリジナルとなっているのが1938年に書かれた書籍（Explorations in personality）と古いため、現在、世の中に出回っているリストは、その後の研究結果などが加減されていることが多く、様々なバージョンが存在するので注意してください。以下、AllPsych Onlineの記述を意訳する形で、マレーの欲求リスト（27項目版）を紹介します。<br />
Abasement（謙虚）：譲ったり、罰を受け入れる欲求<br />
Achievement（達成）：困難を乗り越え、成功する欲求<br />
Acquisition（獲得）：財産を得る欲求<br />
Affiliation（親和）：他者と交際し、仲良くなる欲求<br />
Aggression（攻撃）：他者にダメージを与える欲求<br />
Autonomy（自律）：他者の支配に抵抗し、独立する欲求<br />
Blameavoidance（非難回避）：ルールに従う欲求<br />
Construction（構成）：なにかを創造し、構築する欲求<br />
Contrariance（反発）：ユニークな存在である欲求<br />
Counteraction（反作用）：名誉を守りたいという欲求<br />
Defendance（防衛）：自分を正当化したいという欲求<br />
Deference（恭順）：上位者に従い、使えたいという欲求<br />
Dominance（支配）：他者をコントロールし、統率する欲求<br />
Exhibition（顕示）：他者の注意をひきたいという欲求<br />
Exposition（説明）：情報を提供し、教育したいという欲求<br />
Harmavoidance（障害回避）：痛みを回避する欲求<br />
Infavoidance（劣等回避）：失敗を回避し、弱みを隠す欲求<br />
Nurturance（養護）：困っている人を助けたいという欲求 <br />
Order（秩序）：整理、組織化し、正確である欲求<br />
Play（遊戯）：楽しみ、リラックスする欲求<br />
Recognition（承認）：認められ、ステータスを得る欲求<br />
Rejection（拒絶）：他者を排除したいという欲求<br />
Sentience（感性）：感覚的な印象を楽しむ欲求<br />
Sex（性）：性的な関係を構築し、そこから快楽を得る欲求<br />
Similance（模倣）：共感したいという欲求<br />
Succorance（救援）：保護や同情を得たいという欲求<br />
Understanding（理解）：分析、経験し、知恵を得る欲求人間の個性は、これらの「欲求」の強弱で表現することが可能です。実際に、星の数ほど存在する「性格診断テスト」のベースは、このマレーの欲求リストにあります。<br />
<br />
また、このリストはマーケティングを考えるときにも役立ちます。例えば、ハーレーダビットソンを購入する人は、移動手段としてのバイクだけでなく「反発の欲求」も満たそうとしているのでしょう。<br />
<br />
だとすれば、ハーレーダビットソンのマーケティングは「反発の欲求」を満たす他の手段（たとえば、エレキ・ギターなど）との競合も意識しないとなりません。<br />
<br />
●マズローの系譜（1）： ERGモデル<br />
<br />
マズローの欲求段階仮説の概要については、過去のエントリ「取扱注意－もう少し深く」を参照してください。この、あまりに有名な仮説の問題点は（1）この理論を裏づける実証（証拠）が少ないこと（2）キャリア開発やマーケティングに応用しにくいこと、の2点です。<br />
<br />
この弱点をなんとか修正しようとしたモデルは多く存在しますが、その中でも、クレイトン・アルダファー（Clayton Alderfer）のERGモデルは、特にマーケティングの世界で有名です。<br />
<br />
ERGとは生存欲求（Existence Needs）、関係欲求（Relatedness Needs）、成長欲求（Growth Needs）の頭文字を取ったもので、生存の安全が満たされてはじめて関係欲求が高まり、関係欲求が満たされてはじめて、成長欲求が高まるというものです。<br />
<br />
ここで注意したいのは（1）ERGは同時に発生しうる（2）上位の欲求が満たされないとき、下位の欲求強度は高まる（3）成長欲求には「満たされる」ということがない、という3点です。<br />
<br />
賃金などが安定していて（生存欲求）、人間関係が満たされているとき（関係欲求）、人間は成長を強く希求します（成長欲求）。ここに至ると、人は、押しつけとしての教育がなくとも勝手に成長するわけで、結果として賃金が高まり、人脈も広がり・・・と、ポジティブ・スパイラルに乗ることができるでしょう。<br />
<br />
また、子供の教育という文脈でも、まずは安心できる家庭があって（生存欲求）、親の愛情や友達関係に恵まれていることが（関係欲求）、学習へのモチベーションを増加させる（成長欲求）と考えると、しっくりきます。<br />
<br />
●マズローの系譜（2）： 根源的両義性モデル<br />
<br />
これは日本の心理学者、鯨岡峻教授（中京大学）が提唱されているモデルです（詳細は『子どもは育てられて育つ』を参照ください）。このモデルをマズローの系譜とすることには反論もあると思いますが、僕は、そう理解しています。<br />
<br />
鯨岡先生による「人間は、どこまでも自分の求めるものを貫き通したいのに、一人では生きていけない存在である」という部分が重要です。先生はさらに、これを逆転させて「人間は、いつも他者との関係を求めているのに、自分を貫きたいと考える存在である」とも指摘しています。<br />
<br />
ここから、自分を貫きたいという「自己充実欲求」と、他者との関係を豊かなものにしたいという「繋合（けいごう）希求欲求」は、ジレンマの関係にあることがわかります。そして、このジレンマ（根源的両義性）が人間の本質であるという考えが、先生の発見です。<br />
<br />
家族が病気なのに・・・仕事に向かうとき。友達と遊んでいるのに・・・どうしても仕事が気になるとき。まだずっと飲んでいたいのに、明日のことを考えて先に帰るとき。<br />
<br />
僕たちは、毎日のように「自己充実欲求」と「繋合希求欲求」のはざまに身を置いています。人間は、このジレンマから簡単には解放されそうもありません。<br />
<br />
●まとめ＋<br />
<br />
人間を理解するということは、人間の「欲求」を理解することだと思われます。それは、ビジネスにとっても、おそらく最重要のテーマです。<br />
<br />
「自分の欲求」という視点からは、与えられた環境で上手に生きるための「欲求」を自分で考え、自分の「欲求」を管理する（自制心を働かせる）ことが重要になるでしょう。<br />
<br />
「他者の欲求」という視点からは、他者が求めるものを「欲求」という深さから考察し、それを満たすように、自分の行動を変化させていく力が求められるでしょう。<br />
<br />
そして、これら「自分の欲求」と「他者の欲求」をシンクロさせること（win-win）が、遺伝子の保存に最も合理的なはずで、僕たちはそこに「本当の幸せ」を感じるはずなのです。<br />
<br />
（マレーの欲求リストに、美食の欲求がないのは、明らかにモレ！）<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201105/17/05/c0071305_2243157.jpg" alt="_c0071305_2243157.jpg" class="IMAGE_MID" height="336" width="500" /></center><br />
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]]></description>
      <dc:subject>ちょっぴり経営学</dc:subject>
      <dc:creator>NED-WLT</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 17 May 2011 22:44:17 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-05-17T22:44:17+09:00</dc:date>
    </item>
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        <excite>https://www.excite.co.jp/</excite>
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