やる気が失せたら、観ることにしている、ジダン。

彼がボールを持つと、周囲を流れる時間が変わるような錯覚に囚われます。歴代サッカー界の至宝、ジネディーヌ・ジダン（元フランス代表）は、その人間離れしたプレーから「宇宙人」と呼ばれることもあるほどでした。僕は、やる気が失せたときは、彼の活躍とインタビューを収録したビデオ『ジダン』を観ることにしています。

彼は、自分の人生をして「夢を超越している（在り得ないぐらい幸せ）」と言います。ビデオの中では、特に、出会ったすべての人が彼のことを助けてくれたと、出会いの運が格別に良かったことを強調しています。言うまでもないことですが、彼の出会いが良かったというのは、彼自身が周りからいかに好かれていたかを示す鏡面対称な事象なのです。

実際に、このビデオの中では、付き合いのあった監督やコーチ、両親やホストファミリーはもちろん、少年だったころにピザとコーラをおごってくれたピザ屋のオヤジまで、個々の名前を出して感謝の言葉を述べています。こういう感謝を表面的に行う人は多いわけですが、なんというか、彼の場合はそうしたセリフが嘘に聞こえないのです。

ジダンは、テロと政権の不安定が続くアルジェリア（北アフリカの旧フランス領）から、フランスに移住してきた両親の二世であり、いわゆるフランスの貧困層、被差別階級として大きなハンデのある人生をスタートさせています。

彼は敬虔なイスラム教徒と言われているのですが、特に南部ヨーロッパでのイスラム教徒差別の実態をこの目で見ている知る僕としては、ああした環境から這い上がれるというだけでも尊敬してしまいます。ほとんど不可能なことです。

しかしフランスでは貧困層に属したとはいえ、ジダンの両親がジダンに「大物への道」として説いた「3つの約束」から推測するに、貧しくとも彼は、後に「将軍」と呼ばれるにふさわしい教育を両親から受けています。この3つの約束とは、

１．他人への敬意
２．勤勉さ
３．誠実さ

です。これ自体は、別に新しくもないし、驚きもありません。しかし彼が愚直にこの3つの約束を貫いたことには驚嘆してしまいます。チームメートが遊んでいる自由時間にも、一人で練習をしていた彼の努力を知る1部リーグのコーチは、彼の成功を「偶然ではない」と言い切ります。そう。それは3つの約束に支えられた必然でした。

1989年5月20日、ジダンは17歳の時に鮮烈なプロ・デビューをします。与えられた時間は僅か12分、1点ビハインドの負け試合での交代要員でした。負け試合なので、監督が若いジダンに実戦経験を積ませておこうとしたのかもしれません。

ところがジダンは、この与えられた12分の間に、同点ゴールを決めるのです。そして彼は、このときの大活躍でもらった「2倍のボーナス」で、憧れだったリーバイスの501を買います。しかし、そのボーナスはジーンズだけで消えることなく、正しく両親の所へも送金されたのです。

ジダンはフランスのA代表でも早くから活躍し、23歳の時点で既に司令塔の10番を背負っています。同時に、フランス国内の右派からは、僅かな失敗があれば、それが選手生命の終わりであるかのような厳しいコメントを受け続けてきました。しかし・・・彼の代わりなんて誰にも出来なかったのです。

現役最後の試合となった、あのドイツW杯決勝（対イタリア戦）でのファウルは、W杯決勝としてよりもむしろ、将軍の引退試合として本当に残念だったのですが、それでも僕は、今もジダンのことが大好きです。実は、ジダンは1972年生まれで、僕と同い年でもあります。ヨーロッパでマイノリティーとして生きる事の難しさも、彼の成し遂げたことを考えれば、すべてが自分の甘えに思われるのです。

（明日も、はりきって行きます）

静かに、しかし確実に。

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