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コンピュータが人間から仕事を奪うという指摘は、最近では珍しいものではなくなりました。ネットや書籍ではもちろん、ビジネス関連の雑誌でも、そうした時代に生き残る方法が大きな話題になっています。そんな中『機械との競争』という本に出会いました。
本書も、雇用をともなわない経済成長の実態を明らかにしつつ、情報技術の指数関数的な成長が、人間から仕事を奪っていく姿を描き出しています。そこまでは「またか」と憂鬱な気持ちになる話なのですが、本書の中には、類書にはない、希望の種がしこまれていました。 1997年、人間最高のチェスの名手であるガルリ・カスパロスはディープブルーに敗れた。ディープブルーはIBMが1000万ドルを投じて開発したスーパーコンピュータで、チェスのための専用プログラムが搭載されている。(p109~p110)僕自身も、何度もこのブログで、コンピュータが人間の仕事を奪うという可能性はもはや可能性ですらなく、ほとんど確実な未来であるといった主張をしてきました。 それは失業率100%という、働かなくても生きていける社会が実現するまでの通過点ではあるものの、そこに至るまでの大混乱を思うと、暗い気分になっていました。しかし、ここからの本書の記述は、多くの人が読むべきだと感じたのです。 この大ニュースは全世界で報道されたが、その後の経過にも注目していたのは主にチェスマニアだけだった。そのため大方の人は知らないと思うが、現在世界最強のチェス・プレーヤーは、実はコンピュータではないのである。人間でもない。では誰なのか―コンピュータを使った人間のチームである。(p110)コンピュータと人間のチームは、コンピュータに勝つことができるという事実は、非常に刺激的です。この状況がいつまで続くのかはわかりませんが、一つの希望であることは間違いないでしょう。こういうことが起こった背景もまた、とてもユニークです。 いつもコンピュータが勝つようになって、人間対コンピュータの直接対決がおもしろくなくなったため、試合は「フリースタイル」が認められることになり、人間とコンピュータがとういう組み合わせで戦ってもよいことになった。近年のフリースタイル・トーナメントでの優勝者は、最高の人間でも最強のコンピュータでもない。カスパロフの説明を紹介しよう。(p110)「おもしろくなくなった」というところが重要でしょう。少なくとも、コンピュータ同士の戦いは、見ていて面白くないということです。そこにエンターテインメント性が生まれないというだけでなく、おそらくは、スポーツや芸術がまさにそうであるように、僕たちは人間の可能性を見ていたいのでしょう。 「優勝者は、アメリカ人のアマチュアプレーヤー2人と3台のコンピュータで編成されたチームだった。2人はコンピュータを操作して学習させる能力に長けており、これが決め手になったと考えられる。対戦相手にはチェスのグランドマスターもいたし、もっと強力なコンピュータを持つチームもいたが、すべて退けた。(中略)[弱い人間+マシン+よりよいプロセス]の組み合わせが、一台の強力なマシンに勝った。さらに驚いたことに、[強い人間+マシン+お粗末なプロセス]の組み合わせをも打ち負かしたのだ」(p110~p111)フリースタイルということで、コンピュータと人間のいかなる組み合わせもOKとしたあたり、非常に柔軟です。 将棋の世界も、そろそろコンピュータが人間を凌駕しそうなところまで来ています。ですが、仮にコンピュータが最高の棋士となっても、まだまだ将棋は楽しめそうです。なぜなら、将棋のチャンピオンとなったコンピュータが、後にコンピュータと人間のチームに敗れる可能性が十分にあるからです。 このパターンは、チェスだけでなく経済のどのシーンでも有効である。医療、法律、金融、小売り、製造、そして科学的発見においてさえ、競争に勝つカギはマシンを敵に回すことではなく、味方に付けることなのだ。(p111)面白いと感じたのは、コンピュータとチームを組んで勝てる人間というのは、必ずしもその世界の専門家でなくてもよいという事実です。もちろん、チェスの事例だけをもってして「経済のどのシーンでも有効」と結論づけるのは、ちょっと強引ではあります。しかし、ここには確かに希望があります。 これまで専門家と認められる人たちは、その専門分野の「知識と処理能力」で戦ってきました。ところが「知識と処理能力」では、世界チャンピオンレベルの専門家であっても、コンピュータには勝てない未来が(おそらくは)すぐにやってきます。 ですが、恐ろしく高性能なコンピュータがそこらじゅうに転がっているような近未来において、人間はコンピュータに負けっぱなしなのかというと、そうでもなさそうだというの、すごくないですか? 未来の世界においては「知識と処理能力」は、安価であきれるぐらい強力なコンピュータとして、コモディティー化しています。ですが「コンピュータを学習させる力」は、コンピュータ自身では(しばらくは)持ちえないでしょう。 では「コンピュータを学習させる力」とはいったい何なのか。それはまだわかりませんが、東大の入試を突破できるコンピュータの開発プロジェクトが動いている今、少なくともIQで表現されるような知的能力ではないでしょう。 これは直感なのですが「コンピュータを学習させる力」とは、人間からコンピュータを引き算して残るもの、すなわち人間の感情なのではないでしょうか。好きとか、嫌いとか、面白いとか、面白くないとか、そうしたことの価値が大事になってくるのではないかと感じます。 近代社会では、感情は理性の奴隷であるべきでした。これが終わり、僕たちは「感情の世紀」に向かおうとしているのかもしれません。 ジェットコースターは、カタカタと山を登りきり、ここから急加速するところです。混乱は避けられないでしょうが、しかし、それは破滅へと向かう戦争のようなものではなくて、人類の大きな飛躍なのだと信じています。暗い話なのに、なんだかワクワクするのは、そのためなのでしょう。 (しっかり前に進みます) なんだろうね ●無料メルマガ『人材育成を考える』もよろしくお願いします。 ●twitterもやってます:http://twitter.com/joesakai
by ned-wlt
| 2013-03-05 21:54
| 書評&映画評
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